江戸時代の常識・風習ボヤ騒ぎ_防災 嘉永七年十一月二日夕刻、土佐藩の鍛冶橋屋敷から火が出た。道場にいた竜馬は急いで身支度をし駆けつけるとすでに火が消えている。「幸い作事小屋のカンナ屑が燃えたところで消し止めました」「それぁよかった」その時パラパラと雨が降って来た。「傘をお持ち... 1854.11.02江戸時代の常識・風習竜馬がゆく
江戸時代の常識・風習三十本勝負_八百長 嘉永七年十月十六日竜馬と重太郎は、道場の東西からそれぞれ竹刀を携げて中央に進み出てきた。(この勝負、一本も竜馬に譲れぬぞ)重太郎は、下段に取った。切っ先がセキレイの尾のように動いている。これが北辰一刀流の特徴であった。竜馬は大上段である。「... 1854.10.16江戸時代の常識・風習竜馬がゆく
江戸時代の常識・風習男子三日見ざれば刮目せよ_薬食い 嘉永七年六月三日竜馬にも平和な日常が戻って来た。土佐藩品川の臨戦態勢が解かれ、桶町の千葉道場に戻った。道場に戻った竜馬は以前の月代が伸びた山賊頭でなく、総髪が十分に伸び、髷が言えるまでになった。「立派になった」と喜んでくれたのは大先生の千葉... 1854.06.03江戸時代の常識・風習竜馬がゆく
江戸落語の世界(芸能・娯楽)枡屋喜右衛門と京都気質 ふと河原町の往来で会った顔見知りの町人が「枡屋はん、ちかごろ繁昌どすなぁ、よろしおすな」となにげなくいった。町人姿の俊太郎は、ぎょっとした。「いえいえ左様なことはござりませぬ。まだ祇園会の前で、夏枯れは早いはずでございますに、商いはすっかり... 1864.06.05江戸落語の世界(芸能・娯楽)豪商・商人長州藩
文化人教養人緒方洪庵 足守藩(現在の岡山県)出身の緒方洪庵は、江戸・長崎で蘭学や西洋医学を学んだのち、大坂で開業医とともに、最新の蘭学塾として適々斎塾(適塾)を開いた。ここには、福沢諭吉をはじめ、橋本左内、大村益次郎、大鳥圭介ら、多くの優秀な人材が集まった。 幕... 1863.06.10文化人教養人
江戸時代の常識・風習狐につままれる_憑き物 嘉永七年十月十五日(しまった)夜明けになって竜馬はひどくのどが渇いて目が覚めた。「おめざめになりました?」「ワシとしたことがあれしきの酒で?」「坂本さま。約束通り男女の道を教えてあげたことをおぼえてらっしゃる」「えっ」(知らぬわい)竜馬は桶... 1854.10.15江戸時代の常識・風習竜馬がゆく