江戸時代の常識・風習

朝廷・宮家

鶏鍋 江戸時代に食べていた鳥は

(桂小五郎)「腹がへった、あれなる農家でめしを焚かせましょう。先ほど、モミ干し場でニワトリをみたが、あれを食おう。どうだ」(龍馬)「つばがわいてきた」鶏鍋ができた「酒は?」「酒までは奢れない」小五郎はさすがに嫌な顔をした。しかし妙なもので、...
土佐藩

岡上新輔(樹庵)

安政元年十一月二十八日「あら、竜馬」乙女は嬉々とした声をあげた。「今度の地震でかえってきたのですね」ほどなく、義兄の岡上新輔が戻ってきた。「きちょったか」「どうせしばらく江戸には戻らんのじゃろ。乙女、うんと馳走してやれ」「サーチ」「サーチな...
江戸時代の常識・風習

蛤御門の変2

幕軍の総指揮官一橋慶喜は、鷹司邸の長州人が死にものぐるいになって抵抗するのをおそれ、先述の常識に従って、「鷹司邸を焼きはらえ」と命じた。そこで、合図、桑名、一橋の兵が、手に手に松明を持って邸内に投げ入れたため、またたく間に邸は一団の炎となっ...
江戸時代の常識・風習

加賀百万石

諸藩では、軍艦、汽船、風帆船を外国から買い入れることがはやっている。ところが、買い入れても自藩では動かせない。どの藩でも、古来、御船奉行、御船方という世襲役人がいるが、和船の能力しかなく、この方面の技術者不足で弱っていた。「加賀百万石といっ...
江戸時代の常識・風習

ボヤ騒ぎ_防災

嘉永七年十一月二日夕刻、土佐藩の鍛冶橋屋敷から火が出た。道場にいた竜馬は急いで身支度をし駆けつけるとすでに火が消えている。「幸い作事小屋のカンナ屑が燃えたところで消し止めました」「それぁよかった」その時パラパラと雨が降って来た。「傘をお持ち...
江戸時代の常識・風習

三十本勝負_八百長

嘉永七年十月十六日竜馬と重太郎は、道場の東西からそれぞれ竹刀を携げて中央に進み出てきた。(この勝負、一本も竜馬に譲れぬぞ)重太郎は、下段に取った。切っ先がセキレイの尾のように動いている。これが北辰一刀流の特徴であった。竜馬は大上段である。「...