薩摩藩

薩英戦争始まる

「英国の東洋艦隊が、日本の一侯国と戦って敗退したという報道はロンドン・タイムズに載った。これが英国政府にえらく衝撃をあたえたらしい。」と、竜馬は勝海舟からきいたことがある。英国会議では責任者のクーパー提督を非難する議員もあり、この戦闘が契機...
江戸落語の世界(芸能・娯楽)

厄払い

嘉永七年六月十日黒船どもは六月一日に下田を去っていったが、騒ぎがおさまったわけでは無い。攘夷論がやかましくなった。武士のあいだで幕府批判が流行っていたのだ。江戸庶民もかれらなりに落ち着きを失っていた。「地震」の噂である。竜馬が江戸にきた頃に...
竜馬がゆく

剣術大会

安政四年十月十六日「竜さん。この秋、土佐藩山内候の肝いりで剣術試合が行われる」重太郎が畳の上に寝転がっている竜馬の顔をのぞいた「山内候といえば、おれの殿様じゃないか」「大名が剣客の世話方を務めるなど、世も変わった。噂では肝っ玉のねじれたお人...
江戸落語の世界(芸能・娯楽)

春風亭柳枝

古今乃名人なり初代春風亭柳枝は、13歳<文政9年(1826年)>(一説では16歳<文政12年(1829年)>)ころに江戸後期の人情噺の名人・初代麗々亭柳橋に入門。麗々亭柳馬に次ぐ2番弟子となります。落語系図(昭和56年編纂)には、「初代春風...
文化人教養人

新島襄アメリカへ

「北添よ、えぞちを見物してこぬか」北添佶摩は、びっくりした。この当時の日本人にとって、北海道といえば。心理的にはこんにち、南極を見にゆけ、といわれるにひとしい。竜馬がゆく4 P305志士 蝦夷地移住計画新撰組に制圧されて京にあふれている浪士...
竜馬がゆく

勝海舟、容堂に謁見

「なに、勝先生が?」すぐ立ち上がってみずから甲板へ出た。この気さくさも、いままでの大名ではない。それだけではない。「いやこれはちょうどよい。酒の相手がほしかったところですよ」と、家来に支度をさせ、勝とともに短艇に乗じて、陸に向かった。浜辺の...