竜馬がゆく

土佐藩

吉村寅太郎

夜陰、吉村寅太郎は坂本屋敷をたずねてきて、「竜馬ぁ、一大事じゃ。もはや男子の進退覚悟すべきときがきよったぞ」と、いった。そのあと、低声になった。竜馬の兄の権平の耳に入るとうるさいと思ったらしい。吉村寅太郎はひげの剃りあとの青い小兵な男で、詩...
徳川幕府

伊予松山

国元の高知表へ急飛脚をさしたて、剣術詮議の旅を延引してもらえるよう、請願した。要は、長州へ潜行する時間を得るためである。その返事が来るまで、松山城下の旅籠に逗留した。不自由な時代であった。(竜馬がゆく2 P351)伊予松山藩徳川二代・秀忠か...
竜馬がゆく

草莽崛起

文久二年一月十五日。坂下門外の変。翌日、竜馬は、久坂から接待役を命ぜられている長州藩士十五人にともなわれ、藩の文武修行館に行った。この接待役の一人に、寺島忠三郎昌昭がいる。「坂本先生。ぜひ先生の御剣技を拝見したい、と皆が待っています」「剣で...
竜馬がゆく

丸亀

文久元年十月「この讃州という土地は」竜馬は一口飲んで「上方に大いに回船を送って利をはかり、なかなか商い上手の土地だそうだな。商人衆の地口に、讃岐男に阿波女、というそうではないか」「讃岐男に阿波女、伊予の学者に、土佐の高知は鬼ざむらい、でしょ...
竜馬がゆく

文久二年正月 三田尻

その後、住吉丸は、多島海をめぐりながら、ところどころの島で風待ちをし、そのため意外に日数がかかって、長州領三田尻港に着いた時は、正月の元旦であった。龍馬は、三田尻の回船問屋で一泊。そこで、先頭七蔵ら十人の乗組衆が、竜馬のために送別の宴を張っ...
竜馬がゆく

えげれす船

文久元年 万国幟印,その真っ黒い怪物が近づくにつれて、正体がはっきりしてきた。黒船である。「親方ァ、黒船じゃァ」水夫たちも、初めて見る物体らしい。このときの水夫たちの驚きは、現在のわれわれみな、舳へ集まった。「どこの船じゃ」第三章に、国旗が...