黒船生け捕り

嘉永六年六月7日 品川藩邸

その夜、千葉重太郎とさな子を連れ、夜影に紛れて四人で品川の藩邸を抜け出したのである。

目指す相手は浦賀の沖にうかぶ米国艦隊であった。
「なあに、造作はなかろう、一隻一人ずつだ」
「竜さんは豪傑だなぁ」

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「あの人は妙なところがあってね、いつも無口で口べたなのに、何かしゃべり出すとよほど用心せねばふわっと乗せられてしまうところがある。もって生まれた術のようなものだ。年頭の私までが黒船を四人で手づかみするつもりになってしまったが、今、竜馬のすべから覚めた。品川に戻ろう。世が明けぬうちに戻らねば、切腹になる」
重太郎は、むきになった。「切腹が怖いのですか」
「怖い。むやみと腹は切れない」

竜馬は、むろん、黒船をてどりに出来るとは、本気で考えていない。そんなことよりも、ひと目でも黒船を見たいのだ。

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「竜馬さま、しばらく」
振り向くと、さな子だった。
「お一人で黒船を捕まえるおつもりですか」

「こまったな」竜馬はちょっと思案して
「本音を吐きますとな、黒船を捕まえに行くといったのは、あれは景気づけの法螺ですよ。わしは、日本中が怖がっている黒船というのがどんなものか、見物に行くだけのことです」
「それだけで?」さな子はおどろいた。
「坂本さまは、ただの見物をするだけで切腹をお掛けになるのでございますか?」
「当たり前です。わしは船が好きだから好きなものを見に行くのに命をかけても良い」