竜馬がゆく寺田屋騒動 その「暴動計画」に加わったのは薩摩藩でもほんの二、三十人であった。薩摩藩は本来、長州藩とは違い、藩公を中心とした徹底的な組織第一主義の国家である。かれらを「不逞(ふてい)」とみた。不幸はここからおこった。(竜馬がゆく3 P60)京都錦小路の... 1862.04.23竜馬がゆく薩摩藩
竜馬がゆく長州・三田尻 船で、長州三田尻についた。竜馬は、伝馬で桟橋に着くなり、天下におどりでるような気持ちで、陸地に足をつけた。「おい、沢村っ」と、惣之丞をよんだ。「いよいよじゃな。これからどこへいくんじゃ。ええ方角につれてゆけ」(竜馬がゆく3 P15)薩摩郡千... 1862.03.29竜馬がゆく
竜馬がゆく武市の革新内閣 一方、土佐では武市半平太黒幕の革新内閣が曲がりなりにも出来上がっていた。「竜馬ぁ、早まりやがった」あまり愚痴を言わぬ男だが、こと竜馬の話になると、その脱藩を惜しんだ。しかし竜馬は、武市の成功のうわさを、海をへだた上方の地できいて「砂上の楼閣... 1862.06.10竜馬がゆく
竜馬がゆく新町橋のたもと 「坂本さん」と背後から、押しつぶしたような低い声で、呼びかけた者があった。「なんぞ」とふりむくと、眉太く、眼するどく、口の異様に大きな武士がにこりともせずに立っている。「おう、おまん、岩崎弥太郎ではないか」なつかしそうに、寄って行った。が、... 1862.06.10竜馬がゆく
竜馬がゆく参勤交代の瓦解 「妙だねえ」竜馬は感心しながら歩いている。街道に人が多いのだ。竜馬はもう三度目の東海道下りだが、こんなに街道が賑わうのを見たことがない。それも、江戸下りではなくて、どんどん向こうから来る。しかも女が多い。豪華な女乗物が、御殿女中や武士にかこ... 1862.07.01竜馬がゆく
竜馬がゆく摂津西宮 竜馬と沢村は翌朝出帆。途中、海上が荒れた。退避したり、かと思うと、塩飽列島(しあくれっとう)のあたりで異常な凪にあい、数日風待ちをしたりして、摂津西宮についたのは、文久二年四月二十一日のことであった。「沢村、事に遅れるかもしれんな」と、さす... 1862.04.11竜馬がゆく