徳川幕府

徳川幕府

咸臨丸サンフランシスコ到着

咸臨丸、アメリカ合衆国・サンフランシスコに到着。北太平洋に沿って37日かけてサンフランシスコにたどり着いたので、舟の損傷も激しかった。メア・アイランド海軍造船所で修理されることになる。(サンフランシスコから25マイル北東の方角に広がる湾内か...
徳川幕府

法螺屋 竜馬

法螺屋 竜馬(小竜)「のう坂本さん、西洋と対抗する第一は、まず産業、商業を盛んにせねばならぬ。それにはまず物の運搬が大事であり、あの黒船が必要じゃ」(龍馬)「よし、その黒船をなんとか都合しよう」「お前さんが、黒船を?」と小竜先生はいった。「...
徳川幕府

帰郷_安政に改元

安政元年十一月二十七日竜馬は大坂天保山から海路土佐へ向かい、船泊まりをかさねてようやく浦戸湾に入った時には、四国山脈の朝もやが晴れようとしていた。一年八か月ぶりの帰郷である。しかし想像していたよりも地震と津波の被害は大きく(材木屋と大工が儲...
徳川幕府

13代征夷大将軍 徳川家定

嘉永六年十月二十三日memo13代征夷大将軍 徳川家定嘉永六年10月23日 十三代征夷大将軍 に就く。第12代将軍・徳川家慶の四男として江戸城で生まれる。家慶は14男13女を儲けたが、成人まで生き残ったのは家定だけであった。家定は元々悪かっ...
徳川幕府

夷狄(いてき)うつべし

嘉永六年六月十一日 品川藩邸数日藩邸を留守にしている間に、軽格の連中の空気がひどく変わっているのに驚いた。殺気立っている。黒船の人もなげな恫喝ぶりを見聞きして、すっかり激昂してしまったらしい。「夷狄うつべし」「公儀は、なんと弱腰か」「一戦し...
徳川幕府

甲冑、刀槍

嘉永六年六月六日その翌々朝、やっと出勤令が出た。竜馬らは、品川に送られることになり、早暁、隊伍を組んで鍛冶橋屋敷を出た。「武市さんよ」「なんだ」「こうとわかっておれば古道具屋でもやっておくのだったなぁ」うわさでは、諸藩の武士が江戸じゅうの道...