文化人教養人

江戸時代末期から新しい日本にかけての才能ある文化人

文化人教養人

北里柴三郎

竜馬の指の傷は、翌々日になってやっと血が止まった。「指の傷ともいえんな」と、竜馬はつきっきりの看病をしているおりょうにいった。「体が雲に乗っているようだ」極度の貧血状態にあり、頭がうずき、ときどき心臓の鼓動までおかしい。西郷がよこした外科医...
幕末の女性

津田梅子

(不幸だな)と、竜馬はおもった。乙女の鬱屈が、であった。それほどの自分をかかえて、いささかもその自分を行動で表現することなく、実家の奥の一室でむなしく歳月を消費しつづけてゆかねばならないのはよほどつらいことにちがいない。 竜馬が行く8  p...
文化人教養人

幕末の武士道 猫久

お田鶴さまがいうには、要するに竜馬がはがゆいのである。長州藩の攘夷さきがけとともに、天下はいよいよ騒然としてきた。そのなかにあって竜馬はいったい何をしているのか。「まあ、お田鶴さま、ながい眼でみてくだされ。天下の有志が、京に集まって騒いでい...
文化人教養人

長崎丸山・花月

その夜、竜馬は、丸山であそんだ。丸山は、江戸の吉原、京の島原とならんで日本三大遊里のひとつにかぞえられたところである。思案橋のたもとに紅燈がゆれ、柳が数本、灯影にあざやかなみどりをたらしている。その橋をわたれば、すでに絃歌のちまたであった。...
文化人教養人

維新の遺伝子を受け継いだ・吉田茂

「坂本君、きみは日本の政権に野望をもっているのか」「おや」竜馬は、後藤を見た。正直なおどろきである。後藤(象二郎)という男は度量広大な人物とみていたが、そんな推量をするあたり、やはり一官僚にすぎないかと多少失望した。「ないさ」竜馬は火鉢を引...
土佐藩

岡上新輔(樹庵)

安政元年十一月二十八日 「あら、竜馬」乙女は嬉々とした声をあげた。「今度の地震でかえってきたのですね」ほどなく、義兄の岡上新輔が戻ってきた。「きちょったか」「どうせしばらく江戸には戻らんのじゃろ。乙女、うんと馳走してやれ」「サーチ」「サーチ...