Captain

土佐藩

佐久間象三に学ぶ

嘉永六年十二月一日その年も暮れた。memo 佐久間象三1853年12月1日、坂本龍馬は、佐久間象三の門を叩き、砲術を学ぶ。1840年のアヘン戦争で清国の敗北に驚愕した徳川幕府は、老中真田幸貫に海防掛を命じる。その折、佐久間象三が、洋学研究者...
長州藩

わしぁ謀者よ

嘉永七年三月二十三日一泊し翌朝、一行は長州本営をあとにした。竜馬は途中で一行と別れ、山越えで横須賀に出ようとした。峠にさしかかった。三月にしてはめずらしく空が青い。竜馬は、ふと足を止めた。武士がいる。樹の根に、編笠をかぶって一人腰を下ろして...
竜馬がゆく

そのおつむ、どうなされたの_長州藩2

嘉永七年二月二十日竜馬が桶町の道場に戻ったのは、幕府が下田、函館の両港を開くことに決定し、ペリーに回答した二月末になってからである。ひさしぶりに道場に戻った竜馬は、貞吉先生に挨拶するため、道場から中庭におりたとき、さな子とすれ違った。(まあ...
徳川幕府

13代征夷大将軍 徳川家定

嘉永六年十月二十三日memo13代征夷大将軍 徳川家定嘉永六年10月23日 十三代征夷大将軍 に就く。第12代将軍・徳川家慶の四男として江戸城で生まれる。家慶は14男13女を儲けたが、成人まで生き残ったのは家定だけであった。家定は元々悪かっ...
竜馬がゆく

顔を貸せと言うのかね

嘉永六年十月二十日江戸の秋が、一段と深まった。その日、千葉道場で稽古が終わった後、重太郎が銚子の門弟から酒が届いたと言うので二人で飲み始めた。龍馬は二升ばかり飲み、気がついてみると日が暮れていた。「いかん、門限じゃ」笑い声を残して出て行った...
竜馬がゆく

お冴

嘉永六年八月廿二日竜馬は金を藤兵衛に預け、二人で「よしや」という家に上がった。部屋は二階で、藤兵衛はなかなか上がってこない。竜馬が寝転がると、足下のふすまが開いた。女はいかにも法にかなった所作でふすまを立てると「冴ともうしまする」「仇討ちを...