顔を貸せと言うのかね

竜馬がゆく

嘉永六年十月二十日

 

江戸の秋が、一段と深まった。
その日、千葉道場で稽古が終わった後、重太郎が銚子の門弟から酒が届いたと言うので二人で飲み始めた。龍馬は二升ばかり飲み、気がついてみると日が暮れていた。

「いかん、門限じゃ」笑い声を残して出て行った。
重太郎はさな子に「お前、五平を連れて鍛冶屋町まで送ってやれ」
・・・・・

竜馬らしい影が立っているのをみた。(どうしたのかしら)
浪人風の男三人に取り巻かれているのである。
竜馬が低い声で言った「顔を貸せと言うのかね」
「五平、さな子には手に負えません。急いで兄上をお呼びして下さい」
・・・・・

「信夫左馬之助さんか」
「深川の仲町にいるお冴の助太刀をするらしいじゃないか。山沢姉弟の助太刀から手をひかんか」
「引かんわ」

「やっ」
背後の一人が竜馬の右背をたたき割るような勢いで躍りかかった。同時に竜馬の手元で、ぴかりと白刃がきらめいた。
(つよい)さな子は目を見張った。

月が隠れ、竜馬はその雲間の闇を利用して意外なところから出て、相手の三人までが、倒された。
「信夫さん、その腕で、よくまあ道場をやって門人を取り立てているなあ。
信夫さん。俺も何やら気が晴れた。仇討ちの助太刀などと言うお節介もやめる。その代わり山沢姉弟から手を引いてしまえ。あんたが突っつかねば仇討ちなどはしまい」
「山沢姉弟の件はよくわかった。しかし、竜馬、今宵の喧嘩の始末は別だ」