夫婦の呼び方

幕末の女性

安政三年秋
桶町千葉に帰ると、師匠の貞吉も重太郎も涙をにじませて喜んだ。
重太郎は、小柄で美しい内儀をもらっていた。
「八寸、酒」と重太郎はちょっと威張って命令した。
「竜さん、女房はいいものだぞ。貰ったらどうだ」
「あんたのような惣領ではない。われわれ次男坊は、女房など自立する道がついてからだ」
「あんたの腕なら、あと一、二年で立派な町道場主になれる」
「師匠筋のあんたから言われるとうれしいが、わしはそういう安穏な一生はおくるまい」
「竜さんの一生はどんなんじゃ」
「よくわからん」
やがて、お八寸が酒肴をはこんできた。後ろからやはり膳部をはこんできたのはさな子であった。
(いよいよ美しくなった)

竜馬がゆく 1

江戸時代の夫婦の呼び方

身分で分かれた、パートナーの呼び方

奥様 は、旗本以上の大身の武士の妻女の呼称で、下級びしや御家人、町方同心などの場合は、ご新造さま。これは、若妻だけでなく年配でもその身分ならご新造さまと呼ばれた。

また文化年間(1804年頃)以前は「かみ様」と称した。
町家ならおかみさんが一般的。

一方で上方では、武家町人の使用人は家の大小に関わらず奥様と言っていた。
大坂では、富家や医者の内儀を奥様と呼び、中級以下はお家様(おいえさま)。新婦にはご寮人といっていた。

渡世人の親分の妻は、おかみさん
兄貴分の妻が 姐さんと呼んでいた。

親分の妻を姐さんと呼び出したのは山口組三代目田岡組長の頃以降に主流になったもよう。
甲州やくざだけ親分の相方をあねさんと呼んでいた。それは甲州では正妻を待たず妾として付き合っていたかららしい。
  「文春文庫 考証要集より」

御台所」という言葉は、近世では将軍の妻を指す言葉
  「日本国語大辞典(小学館)」

令和の夫婦・パートナーの呼び方

嫁が禁句に?

自分のパートナーを指して言うときの呼び方について、もっともフラットとされる表現は「妻・夫」と考えられています。(2022年時点)
2022年に有名俳優や企業の公式SNSアカウントが、女性のパートナーを「嫁」と呼び、炎上する事例がおこりました。
「嫁」という呼び方はかつて「息子の妻」を指した言葉なので「妻を指して嫁と呼ぶ表現は不適切」という指摘がネット民から上がったのです。

「主人」は家の代表者が男性の「XX家の主人」
「嫁」は姓を変えてまで当家に入ってきた「息子の妻」
「家内」は、家の中で暮らす人、亭主の妻
 など、使いかた次第で誤解をまねく表現と言われるかもしれません。

2017年放送の人気ドラマ『カルテット』では「夫さん」という表現が話題になりました。
社会言語学の研究者である水本光美さんは、論文『他人の配偶者の新呼称を探るアンケート調査–「ご主人」「奥さん」から「夫さん」「妻さん」への移行の可能性–』(2017)で「夫さん」という呼び方について“どうやらすでに80年代には一部ではこの呼称を用いる試みがなされていたようである”と記しています。

SDGsでさらに変化が起こるかも

国連で2015年採択された『SDGs』の「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」が広まってきて、ジェンダーニュートラルな呼び方が求められています。
一例として、昔の表現の「お連れ合い様」や、近年での「パートナーさん」など、夫婦を片方から見たフラットな言い方を使う場合も増えてきています。