徳川幕府新撰組と遇う 藤堂平助 制服の羽織を着用している。浅黄地のそでにだんだらを染めぬいたもので、ちょっと芝居の赤穂浪士の討ち入りの服装に似ている。(ははあ、これがいま洛中に有名な新撰組の壮士団か)と思ううち、隊が竜馬の前にとまった。一人が、提灯を竜馬の顔あたりまでもっ... 1863.09.25徳川幕府
徳川幕府吉田稔麿 稔麿は、元結を結び始めた。が、ふしぎと三度結び、三度とも切れて四度めにやっと結べた。(おかしいな)と、乃美老人はだまってみている。「今宵、池田屋へ行くのをやめたらどうだ。元結が三度も切れるとは、不吉ではないか」「行きます」竜馬がゆく5 P8... 1864.06.05徳川幕府竜馬がゆく長州藩
徳川幕府ジョン万次郎 色が黒く、眉がせまり、いかついあごが、いかにも強靱そうな意志をあらわしていた。「坂本君、この仁はどなただとおもう」と、勝はいった。「さあ」竜馬は、男の顔を見た。「お前さんと、同国の人だよ。有名な中浜万次郎氏だ」(あっ)竜馬はおもいあたった。... 1862.12.10徳川幕府竜馬がゆく
徳川幕府千載列青史 篤姫 安政五年一月十九日(いいやつなんだがなぁ)武市半平太は、龍馬のことが、頭にこびりついて離れない。が、今の龍馬には世界観がないのである。天下国家がどうなろうとかまわず道場ボコりにまみれている。(あのままでは一介の剣客になるしか仕方のない男だ)... 1858.01.19徳川幕府薩摩藩
徳川幕府伊予松山 国元の高知表へ急飛脚をさしたて、剣術詮議の旅を延引してもらえるよう、請願した。要は、長州へ潜行する時間を得るためである。その返事が来るまで、松山城下の旅籠に逗留した。不自由な時代であった。(竜馬がゆく2 P351)伊予松山藩徳川二代・秀忠か... 1861.11.18徳川幕府竜馬がゆく
徳川幕府五稜郭石垣工事完成 五稜郭は日本で作られた最大の陵堡式城郭。接近する敵を正面だけでなく側面からも攻撃できるように星形にした堀が特徴です。15世紀イタリアなどで見られた、ヨーロッパ形式の堀。星形五角形にしているのは、城の各隅に見張り台をつくり敵の侵入を防ぐ機能を... 1860.12.15徳川幕府