土佐藩近藤 長次郎 まんじゅう屋蓮池町の河田邸というのは、小さなせせこましい家で、そこにはいつも画学生が五、六人はたむろしている。その一人が、取りつぎに出た。「あっ、これは坂本さま」と、大きなまんじゅう鼻をひろげた。べちゃ鼻の多い土佐陣にしてはめずらしく鼻が大... 1859.08.10土佐藩
竜馬がゆく六本矢車_家紋 嘉永六年三月二十六日その時、カラリと障子があいた。武士が立っていた。お登勢は気づかぬふりをして、竜馬を相手にたわいのない話をした。「失礼をした」障子を閉め姿を消した。(おかしな野郎だな)「六本矢車は、人間を斬った顔だよ。眼でわかる」と藤兵衛... 1853.03.26竜馬がゆく
竜馬がゆく岡崎の浦 嘉永六年三月二十一日客引きの女中に袖を引かれるまま、竜馬は鳴門屋という船宿の軒をくぐった。「酒をくれ、俺はこの部屋だ」決めてしまっている。「おこお部屋は、もうすぐ着くお客様のお部屋でございます。お願いしてみますので、こちらで相席はいかがでし... 1853.03.21竜馬がゆく
徳川幕府いかん、戦じゃ 嘉永六年六月十日「いかん、戦じゃ」竜馬は走った。(あの船の様子では、品川を襲うぞ)(えい、馬泥棒じゃ)背後で騒ぐ声がきこえたが、ふりむきもしない。竜馬は、この時から、自分の人生に向かって飛ぶように駆けはじめたといったほうが当たっているだろう... 1853.06.09徳川幕府
徳川幕府一隻で大名じゃ 嘉永六年六月九日 浦賀三人と別れた竜馬は、足のつづくかぎり浦賀街道を南に向かって駆けた。夜が明け、昼は山中で寝た。浦賀についたのは、翌々日の未明である。ペリー艦隊が浦賀にきた真相は、ずっとのちになってイギリス人グラバーから聞いたものだが、も... 1853.06.09徳川幕府
徳川幕府黒船生け捕り 嘉永六年六月7日 品川藩邸その夜、千葉重太郎とさな子を連れ、夜影に紛れて四人で品川の藩邸を抜け出したのである。目指す相手は浦賀の沖にうかぶ米国艦隊であった。「なあに、造作はなかろう、一隻一人ずつだ」「竜さんは豪傑だなぁ」=====「あの人は... 1853.06.07徳川幕府