夷狄(いてき)うつべし

嘉永六年六月十一日 品川藩邸

数日藩邸を留守にしている間に、軽格の連中の空気がひどく変わっているのに驚いた。

殺気立っている。

黒船の人もなげな恫喝ぶりを見聞きして、すっかり激昂してしまったらしい。
「夷狄うつべし」
「公儀は、なんと弱腰か」
「一戦して日本刀の斬れ味を見せておかねば世界中の夷狄が日本を馬鹿にしおるぞ」

竜馬もすっかり攘夷派になった。

memo 与力 中島三郎助の憂鬱6

再び贈り物わ携えて香山が黒船に乗り込んでいった。
平身低頭に、贈り物を渡して出国を即していると、「贈り物で恩義を被るのは、外交上問題だ」と、ペリーからの返礼を受け取ることになり、出国の予定を立ててもらえぬままだ。

何度も黒船に乗船するうち、装備を仔細に観察することができた。大砲は脅威だが遠浅の江戸湾では近づく場所が限られている。それよりも脅威なのは小型船に乗せることができるボートホイッスル砲だ。ペリー軍の展示(試し打ち)で浦賀奉行はじめ、皆が脅威を覚えた。

誰かがダメ元で「このボートホイッスル砲をいただけないか」と申し入れた。
ところが、ペリーも日本の技術ではこれまでの物は出来ないだろうと、気前よく譲り受けることができたのである。

しかしそれと引き換えに、江戸湾一帯をくまなく測量されてしまったようだ。

翌日12日に、ようやく黒船一行は、江戸湾を立っていった。