徳川幕府ジョン万次郎 色が黒く、眉がせまり、いかついあごが、いかにも強靱そうな意志をあらわしていた。「坂本君、この仁はどなただとおもう」と、勝はいった。「さあ」竜馬は、男の顔を見た。「お前さんと、同国の人だよ。有名な中浜万次郎氏だ」(あっ)竜馬はおもいあたった。... 1862.12.10徳川幕府竜馬がゆく
竜馬がゆく勤王の塾の風 池田慶徳 当道場の若先生千葉重太郎は、鳥取藩のお床几廻り役として江戸屋敷に出仕しているが、数日前から、海防視察という藩命で、品海視察に出かけている。「近ごろは、うちの重太郎までが、天朝様がどうの、攘夷がどうの、といいだしたよ」「鳥取藩(池田家)は勤王... 1862.08.02竜馬がゆく
竜馬がゆく桶町の剣術道場 竜馬は、桶町千葉の門前に立った。(なにもかも昔どおりだ)と、門を仰ぎ、塀のくずれをなつかしくながめた。玄関に立った。「竜馬です」というと、門弟がとりつぎに出た。竜馬にとって知らない顔である。が、向こうはすぐ察したらしく「あっ坂本先生」と、挨... 1862.08.01竜馬がゆく
竜馬がゆく寺田屋騒動3 咲いた桜に なぜ駒つなぐ 駒が勇めば 花が散る薩摩の殿様島津久光への恨みと皮肉をこめた唄である。咲いた桜、とは、有馬新七以下の暴発組の連中のことだ。かれらは、志に花を咲かせてこの寺田屋に屯集した。そこへ、久光は、奈良原喜八郎らの慰留団(実... 1862.04.25竜馬がゆく薩摩藩
竜馬がゆく島津久光、出陣 この前後、竜馬の一生を一変させる情報が四国山脈を越えて土佐に入ってきた。「薩摩の島津久光が大軍を率いて京に入り、天子を擁して幕府の政道を正す」というのだ。幕末、この情報ほど天下の志士を興奮させたものはなかった。薩摩藩が、現在の言葉で言えば、... 1862.03.16竜馬がゆく薩摩藩
竜馬がゆく寺田屋騒動2 竜馬がこの異変の宿「寺田屋」をたずねたのは、その翌日である。寺田屋の台所は三十畳ほどの板の間で、年代が磨き上げた黒檀のような光沢がある。その板の間に白い足袋を映しながら歩いていた女将のお登勢が、ふとのれんをあげて、「まあ、坂本さま」と、奥の... 1862.04.24竜馬がゆく薩摩藩