緒方洪庵

足守藩(現在の岡山県)出身の緒方洪庵は、江戸・長崎で蘭学や西洋医学を学んだのち、大坂で開業医とともに、最新の蘭学塾として適々斎塾(適塾)を開いた。
ここには、福沢諭吉をはじめ、橋本左内、大村益次郎、大鳥圭介ら、多くの優秀な人材が集まった。
幕末の大阪には牛鍋屋が2軒あり、そのうち1軒は「ゴロツキと緒方の書生ばかりが得意の定客」の店だったとも。

天然痘は、人類が初めて根絶させた感染症ウイルス

江戸後期、天然痘という怖い伝染病が流行していた。天然痘は非常に強い感染力を持ち、全身に膿疱(水泡)が現れ、致死率が平均で約20%から50%と非常に高い。仮に治癒しても瘢痕(一般的にあばたと呼ぶ)が残ってしまう。
1849年、天然痘のワクチン(種痘)を使った予防法を学び、私財を投じて予防接種専門の「除痘館」をはじめ、ワクチン接種の普及活動を行いました。
幕府もワクチンの効果を認めて、北辰一刀流千葉道場の近く「神田お玉が池」に種痘所が設立された。

53歳になった緒方洪庵は、将軍徳川家茂の医師に任命されて江戸に渡りましたが、翌年の文久三年六月十日、病気のため、急死。

福沢諭吉と洪庵
適塾の生徒だった福沢諭吉。1856年に腸チフスにかかって倒れた。
諭吉のもとに駆けつけた洪庵は診察して
「病気をきっと診てやる。ただ、処方には迷う・・」と考え、友人の医師に薬の処方をたのみ、諭吉の病気を治した。
諭吉はこの時の恩を一生忘れなかったという。