摂津西宮

竜馬と沢村は翌朝出帆。
途中、海上が荒れた。
退避したり、かと思うと、塩飽列島(しあくれっとう)のあたりで異常な凪にあい、数日風待ちをしたりして、摂津西宮についたのは、文久二年四月二十一日のことであった。
「沢村、事に遅れるかもしれんな」
と、さすがののんき者の竜馬も、気づかわしそうにに行った。
「とにかく、坂本さん」
もう、沢村惣之丞は、竜馬の子分のような口の聞き方である。この男も、ながい道中のあいだに、下関の赤犬のようになってしまったのであろう。
(竜馬がゆく3 P21)

西宮

古代より西宮の浜では漁業が盛んにおこなわれていました。海は広田大神が司り、西宮の漁民はその神奴として漁業に従事し、得た魚類は宮中の神事の神饌に献上されました。広田神社の南宮、西宮神社の前で取れる「御前の鯛」も、神前の魚であることにくわえ、「その鯛の形平円、色鮮紅、肉脆白、味わい極めて美なり。佳賞言うべからず世人最もこれを珍とす。(「本朝食鏡」より)」と、賞賛されたようです。

十日えびす(十日戎)

現在では正月十日に行われる「西宮神社 十日えびす 福男」で有名になりましたが、西宮えびすでは、3日間大きな鯛を境内に置き、そこに賽銭の硬貨を貼り付けお祈りするエリアがあります。
大阪・兵庫では「えべっさん」の愛称で親しまれている祭りで、正月九日の宵えびす、十日の本えびす、十一日の残り福の3日間開催されます。
戎様を祭り、商売繁盛を祈願した笹の枝か熊手にめでたい飾りをたくさんつけてもらい、店に一年飾ったのち翌年にお返しに行きます。江戸の酉の市に似てますね。

出典;http://kisspress.jp

福娘で有名な大阪・今宮戎神社は、推古天皇の時代に聖徳太子が四天王寺を建立した際、同地西方の鎮護神として祀った神社で、江戸時代には「十日戎」の祭礼が開催され、宝恵籠の奉納も行われるようになりました。

日本一長い商店街・天神橋筋商店街の脇にある堀川戎神社は、今を去る約1400年以上もの昔、欽明天皇の時代(539~571)に蛭子大神(えびすのおおかみ)を主神に祀られた由緒あるお宮です。
関西一円の人々から「ミナミの今宮、キタの堀川」と並び称せられ『諸人群参した』と記されております。

灘五郷

西宮には、「灘の生一本」の産地として有名な灘五郷の中の西宮郷と今津郷があり、全国に名高い歴史ある酒どころとして知られています。西宮における酒造りの歴史は古く、すでに室町時代には「西宮の旨酒」として知られていました。
灘の酒がその知名度を上げたのは、百万都市となった江戸に向け、上方からの海上輸送が頻繁になった江戸時代の中期。灘は海岸に面していたため輸送に有利で、樽廻船に大量の酒を積み込み、江戸市中へと送り込みました。

現在・兵庫県の県庁所在地・神戸市エリアは、江戸末期はひなびた漁村でした。
神戸エリアが一変するのは、もう少し後のこと。
一方で西宮は、大坂に近く、九州・四国方面と、丹波・日本海方面に分岐する街道筋のため、幕府直轄地にしようとしたほどの重要地点です。
西宮

天美禄江湖之賑(カンロフルタミノニギワイ)
ニシノミヤデジタルアーカイブより

上の錦絵は、『酒をもらった翌日から、家業を休んでの「お酒びらき」が始まり、人々は明け方まで飲み明かし、踊り明かしたという。幟には「天下泰平」、「町内安全」と書かれており、新しい時代を迎えた庶民の願いを表している。』