下関についた

下関には、藩主毛利公から名字帯刀を許された豪商で、白石正一郎というふしぎな人物がいる。
ふしぎな、というのは、商人のくせにこの時代、めずらしく尊皇攘夷の志士で、長州藩の過激派を始め、諸藩脱藩浪士をかくまったり、泊めたり、資金を与えたりして、影の力になっていた。
吉村は、この白石邸に逗留していたから、そこへゆけば消息が知れようと思ったのだ。

白石正一郎は、山陽道きっての回船業の大問屋である。長州の金蔵といわれるだけあって、この別荘だけでも諸侯の城館を見る思いがする。

(竜馬がゆく3 P17)
白石正一郎が宮司となっていた赤間神社

白石正一郎

回船問屋を営む商人で、高杉晋作をはじめとする維新の志士たちを物心両面から支援しました。奇兵隊は文久3年(1863)6月8日に白石邸を本拠として結成され、自らも隊士として奇兵隊を支えました。晋作の死後は一切の俗事から離れ、明治8年からは赤間神宮の宮司となり生涯を終えました。享年68歳。

「維新の商人 語り出す白石正一郎日記」
<明治維新150年秘録>
2018年5月、92歳で世を去った直木賞作家の、最後の著作
安政4年(1857)11月12日夜。西郷吉之助(隆盛)が下関の豪商・白石正一郎邸のトビラを叩いたときから、幕末史は旋回した。百を超える志士たちと交流し、私財を擲ちそのパトロン的存在となって、みずからも奇兵隊の隊士として戦場に立った白石正一郎。一枚の肖像すら残さず、激動の日々をつづった日記だけを遺して歴史の中に消えた「維新の商人(あきびと)」の正体とは? 半生の冒険がつづられた『日記中摘要』に広がる背景世界と、往来する人々の息づかいを珠玉の筆致で描いた、圧巻の維新群像! 

「維新の商人 語り出す白石正一郎日記」
著者 古川 薫

龍馬・空白の半年

この時期に馬関(下関)にいたことは確かのようですが、ここから半年は確かな足取りがわかっていません。
ひとり九州を遊歴したという説。
大坂あたりに滞在していた説。
「おーい龍馬」の中では、この時期に九州から上海にわたり、欧米諸国に植民地のようにされた中国をその目で確かめ、高杉晋作と友好をもちピストルをもらうストーリーになっています。
脱藩後突如に目覚めた、海外へ対しての考え、現状日本に置かれた立場の理解、大型船への憧れは、空白の半年にコミックのストーリーが挟まると納得できてしまいます。