竜馬 勤王党に参加

文久元年九月

武市の頰は紅潮した。
「倒幕実施は明年。時を期し、歩武をそろえ、三藩の兵大挙して京都に集結し、天皇を奉戴していっせいに勤王の義軍をあげる。そのためには、それぞれ自藩に帰って重役を説き藩論を勤王倒幕へまとめる」

「故に衆の力でやろうと思う
土佐七郡の山野に土着している郷士を集結して土佐勤王党を作るのだ。
竜馬、おまんがその首領になれ」
「それは半平太がなれ」
「されば首領はわしがやる。しかし竜馬、おまんがたすけてくれねばこまるぞ」
「あたりまえじゃ」
「竜馬、金打」(竜馬がゆく2 P248)

竜馬、勤王党に参加

土佐における最初の加盟者は坂本龍馬であった。
血盟外同志・協力者を含めると500名を超えたともいわれ、土佐における尊攘運動の一大勢力となった。盟主である武市こそ「白札」(上士と下士の中間身分)の出身であったものの、その他の構成員は郷士層を中心とする下士が圧倒的多数を占め、ついで庄屋が多かった。

  • 上士 3名
  • 陪臣 17名
  • 白札 15名
  • 下士(郷士) 50名
  • 下士(郷士以外) 64名
  • 庄屋 19名
  • その他 7名(農民、僧侶など)  歴史人2019.12 NO108号

金打(きんちょう)する

堅い約束をすること。 江戸時代、武士が約束を守ることを示すために、それぞれの刀の刃・鍔(つば)を打ち合わせたことに由来する。 武士ならば刀の刃や鍔、僧侶ならば鉦(かね)、女子ならば鏡などの金属同士を、互いに打ち合わせてその証とした。