法螺屋 竜馬

法螺屋 竜馬

(小竜)「のう坂本さん、西洋と対抗する第一は、まず産業、商業を盛んにせねばならぬ。それにはまず物の運搬が大事であり、あの黒船が必要じゃ」
(龍馬)「よし、その黒船をなんとか都合しよう」
「お前さんが、黒船を?」と小竜先生はいった。
「手に入れるというのか」
「そうじゃ」

しかし、このあと半年というものは、竜馬はひまさえあれば小竜の屋敷にあそびにきてその夢を物語った。
 小竜もそのうちだんだん竜馬の夢に乗せられて、本気で艦隊建設のはなしを談ずるようになった。

「法螺には、金がかからんからのう」
と、竜馬ものんきなことを言った。
(竜馬がゆく2 P188)

memo 国産黒船

浦賀にペリーが来て大騒ぎをしていたが、その翌年の安政元年には、中島三郎助を造艦主任として、洋式帆船「鳳凰丸」というのを国産で作った。

ペリー艦隊に何度も上がり込んで堂々と(!)スパイ活動をして情報蒐集した成果をこんな短期間で造船までこぎつけたのである。

2黒船来航のmemoより

翌年安政2年、薩摩藩でも、昇平丸、鳳瑞丸、大元丸、の三隻を作って幕府に献上した。これは、着実に近代工業施設を導入していた薩摩藩の面目躍如として天下にその名をたからしめたのである。