千載列青史 篤姫

安政五年一月十九日

(いいやつなんだがなぁ)
武市半平太は、龍馬のことが、頭にこびりついて離れない。
が、今の龍馬には世界観がないのである。天下国家がどうなろうとかまわず道場ボコりにまみれている。
(あのままでは一介の剣客になるしか仕方のない男だ)

中岡慎太郎が、武市の部屋にやってきた。「昨夜は、酔った紛れとはいえ、坂本さんに無礼を働き、申し訳ありません」
「あの一件については、坂本さんがあんたを殴ったんでケリがついた。」

ニコニコ顔色かえずに、頰げたを殴って、飲もうといった。常人ではない、ちょっと凄みの刺すような男である

「惜しいものだな。どうだ、やつを仕込むか。あれだけの男を仕込めば、土佐藩だけでなく、天下の大物になるぞ。いや、千載青史に残るような英傑になるかもしれない
「やりましょう。坂本さんは仕込まなければ、私は殴られ損ということになる」

memo 千載青史・千載列青史

「篤姫」の原作に、彼女が将軍家に嫁ぐ心構えとして、尊敬する頼山陽の言葉「千載、青史に列するを得ん」の実行であると決意したとあります。
「千載」は「千年」と同義で、「非常に長い間」という意味です。
「青史」は「正史」と同義で、「公の正式な歴史書」という意味です。
「列する」は、文字通りの意味ですが、東アジアの歴史書では、司馬遷が著した史記の記述法である紀伝体が有名です。また多くの歴史書がこれを踏襲しています。

これから千年の歴史書に列伝の一人として名前を残すような人物になるという意味です。

memo 篤姫

天保6年12月19日(1836年2月5日)生まれの篤姫は、坂本龍馬と同い年。

薩長土の薩摩藩島津家の一門に生まれ、島津本家の養女となり、五摂家筆頭近衛家の娘として徳川家に嫁ぎ、江戸幕府第13代将軍徳川家定御台所となりました。

武市半平太と中岡慎太郎が、竜馬に尊王攘夷思想を叩き込んでいる(竜馬がゆくの設定)同時期に、篤姫は徳川家定に嫁ぎました。

もともと病弱な家定は、安政5年7月6日(1858年8月14日)に急死。

薩摩藩からの帰国申し出や、14代将軍の紀州藩主だった徳川家茂の正室として皇女・和宮の大奥入り。さらに幕末に突き進む中、将軍家に身を捧げていきます。

能除一切苦真実不虚 – 般若心経の223文字目
真実不虚(しんじつふこ)
真実は、真実(本当のこと)
不虚は、妄想・虚妄ではない