長州藩の接待_長州藩7

嘉永四年三月二十一日

その夜、本営が手狭なため、竜馬たち土佐藩士は、民家に宿をあてがわれた。酒肴が出た。

益田越中の手配らしく、長州藩の接待はいたれりつくせりであった。
藩士たちも、入れ替わり立ち替わり、10人の土佐藩士のために話し相手にでてきた。
この酒席では、たがいの藩の歴史について語り合った。
「わが藩は、外様として永らく公儀からうとんぜられてきたが、いざ国難となれば、やはり大公儀から頼りにされて、相州警備を任された。いつかは長州が日本国を背負って立つ時が来るだろう」

なるほど、長州は他の藩とは違うな。
竜馬は、内心異様な感じを持った。

memo 長州藩 名物


山口県のお茶の栽培の起源は15世紀頃からといわれ、江戸時代には長州藩が振興策を講じたためお茶の栽培は各地に普及し、隣国との友好貿易を深め経済力を蓄積、大内文化を開花させました。
明治期には「防長茶」の銘柄で全国市場に名を広めていたと伝えられています。

現在の山口茶は、昭和40年代から味と香り豊かな特産品として親しまれており、その9割以上は宇部市の北部・小野地区で生産され、「小野茶」へのネーミング変更も進んでいます。秋吉台を源とする厚東川が流れる小野地区は、豊かな自然ときれいな空気に恵まれ、その絶好の環境が、味が濃く、香りも秀逸なお茶の葉を育んでいます。

そうめん
夏の食卓に欠かせないそうめんは、奈良時代に中国から伝わったとされ、古くは索麺(さくめん)といっていたのがなまって「そうめん」というようになったといわれています。手延べそうめんは小麦粉に塩水を加えて練り、1本の帯状に切り出して表面に油を塗って、よりをかけながら少しずつ引き延ばして乾燥させます。「小日本」と呼ばれる下関市菊川町ではそうめん作りが盛ん。白いそうめんを乾かす風景は冬の風物詩です。

日本酒
豊かな自然に包まれた山口県は、清らかな水と上質米にも恵まれ、これらを原料とする日本酒も、県内各地で生産される。
しかし江戸期から続く酒蔵は少ない。戦国大名の毛利元就(もうり もとなり)が下戸で酒より餅が好きだったことが、まさか影響しているとは思えないが・・・。

現在人気のある山口の酒
獺祭 (岩国市 旭酒造/設立昭和23年1月23日)
雁木 (岩国市 八百新酒造/創業明治10年)
東洋美人 (萩市 澄川酒造場/創業大正10年)
貴  (宇部市 永山本家酒造場/創業明治21年)