潮見坂

嘉永六年四月六日

さいわい、六本矢車の浪人に追いつかれることなく、竜馬と藤兵衛はやがて潮見坂に差し掛かった。

(ほう)芽が洗われるようなおもいがした。

「藤兵衛、この景色をみろ」
「へい」
「気のないかおだなぁ」
「見慣れておりますんで」

「血の気の熱い頃にこの風景を見て感じぬ人間はどれほど才があっても、ロクな奴にはなるまい。そこが真人間と泥棒の違いだなあ」
「おっしゃいますねぇ。それなら旦那さまは、この眺望を見て、なにをお思いになりました」
「日本一の男になりたいと思った」
「旦那」と藤兵衛はむくれて
「それは気のせいでございますよ」

「ねぇ乾分にしてくださいよ」
「なぜ、おれの乾分になりたいんだ」
「理由なんざ、ねえ。蓼を食うようなものでさ」しばらく二人はだまって歩いた。
「好きだから仕様がねえんだなあ」
「蓼がか」
「いや、旦那が」
「人をべこのかぁにするな」
「旦那、贅沢を言うもんじゃねえ。寝待の藤兵衛はこう見えても日本一の泥棒だぜ。その日本一が、わざわざ膝を曲げて乾分にしておくんなせえと頼んでいるんだ」
「ばかをたぎっ(自慢)ちょる」
「昔は世間で大仕事をするほどの人は、手下に泥棒の一人は必ず飼っていたもんだ」
(そうかもしれんな)

memo 富士山

江戸と京都・土佐を頻繁に往来した竜馬ですが、初めて富士山を見たときには、感慨深いものがあったでしょう。

一瞬でもこの絶景をみて、心のうちがわくわくする人間と、そうでない人間とはちがう。

日本一の山を初めて見て、名所を見た驚きやうれしさ畏敬の念を抱いた人は多いと思いますが、「心のうちからわくわくする人間」龍馬は、まだその時には選択肢は武芸で名を馳せるしか道が無かったのです。家を継げない男子には生きにくい時代です。