幕末の女性

新徴組 中澤琴

あの浪士団は朝廷のご用のためのものでござりまする。と、ぬけぬけといっている。奇術師とすれば清河ほどの奇術師はいない。してやられた。とみな気づいた。奇術のたねがあとからあとから割れてゆく。が、清河は、度胸がいい。タネが割れてもせせら笑っている...
土佐藩

西郷隆盛と龍馬

とにかく西郷は竜馬を(今まで見たことのない型のやつだな)とおもった。竜馬も同じことを思った。論理(ロジック)が、けんらんたる逆説にみちている。竜馬は、「大奸智・無欲の人」たらんとし、西郷は、「大至誠にして欲を去ろう」とした。竜馬にいわせれば...
幕末の女性

大山捨松

大山捨松 会津戦争で凄惨な現場を目の当たりにする 会津藩重臣・山川尚江重固(ながえしげかた)の2男5女の末娘として生まれ、幼名は咲子と名付けられました。幕末の騒乱が高まった慶応4年/明治元年(1868年)。薩長連合の明治新政府軍が幕府軍を負...
文化人教養人

北里柴三郎

竜馬の指の傷は、翌々日になってやっと血が止まった。「指の傷ともいえんな」と、竜馬はつきっきりの看病をしているおりょうにいった。「体が雲に乗っているようだ」極度の貧血状態にあり、頭がうずき、ときどき心臓の鼓動までおかしい。西郷がよこした外科医...
幕末の女性

津田梅子

(不幸だな)と、竜馬はおもった。乙女の鬱屈が、であった。それほどの自分をかかえて、いささかもその自分を行動で表現することなく、実家の奥の一室でむなしく歳月を消費しつづけてゆかねばならないのはよほどつらいことにちがいない。 竜馬が行く8  p...
江戸落語の世界(芸能・娯楽)

船宿_骨釣り

その日の夕刻藤兵衛のなじみらしい堀江町の船宿で酒を飲んでいた。鍛冶町の藩邸をでて千葉道場に戻る途中に船宿の者に呼び止められ、ちょき船に乗って連れてこられた。家並みに灯がともる頃、やっとふすまが開いた「藤兵衛か」「冴でございます」「………」(...